医師に聞く!頭痛ダイアリー活用術⑤
頭痛ダイアリーは今から20年以上前の2000年頃に誕生し、いまでは頭痛診療にとって欠かせないツールとなっています。
頭痛ダイアリー活用術では、これまで医療現場での活用の実際をご紹介してきましたが、今回は頭痛ダイアリーの生みの親である坂井文彦先生に頭痛ダイアリー誕生の背景などを伺いました。また、近年の頭痛診療では新薬の登場やオンライン診療の解禁など、新たな動きが次々と起こっています。そこで、このような状況下における頭痛ダイアリーの活用についてもお話しいただきました。
社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター
埼玉国際頭痛センター長 坂井 文彦 先生
「埼玉国際頭痛センター」について教えてください
本センターが開設された2010年当時、海外では各大学病院に頭痛センターが設置され、それぞれが地域の頭痛診療の中核を担っているような状況にありましたが、日本ではまだ頭痛センター自体ほとんど存在していないような状況でした。そこで、地域の頭痛診療の中心を担うとともに、国際頭痛学会やWHO(世界保健機関)など、海外の組織と共同して国際研究や情報交換を推進していくことを目的として本センターが設立されました。
本センターには、片頭痛や緊張型頭痛のような頭痛そのものが病気である一次性頭痛の方だけではなく、脳や首など他の病気が原因で引き起こされる二次性頭痛の患者さんも受診され、他院からの紹介で受診される患者さんも多くいらっしゃいます。
国際頭痛分類 第3版1)では、一次性頭痛だけでも実に90のカテゴリーに頭痛が細分化されています。そのため、本センターではさまざまな専門職が連携し、患者さんの頭痛・随伴症状に応じて、理学療法(頭痛体操)、作業療法(生活指導)、心理療法、鍼、ヨガなどを組み合わせ、治療に取り組んでいます。
また、頭痛教室の開催などを通じて患者さんへの情報提供にも力を入れて取り組んでいます。この頭痛教室は、患者さん同士の交流の場にもなっていますが、患者さんが普段どのような気持ちを抱えて生活していらっしゃるのかを知ることができるため、私たち医療者にとっても大変勉強になっています。今はコロナ禍によりオンラインでの開催となっていますが、患者さん同士の交流はむしろ以前よりも活発化しているように感じます。
先生が開発された「頭痛ダイアリー」について教えてください
開発のきっかけは、頭痛という目には見えない症状に対して、どうすればそれを“見える化”して患者さんの状態を正確に知ることができるかを考えたことでした。いつ、どのような頭痛が何日続いたのか、頭痛発作が起きた日をご自身でカレンダーに丸をつけて記録していただくことからはじめて、試行錯誤しながら徐々に現在のダイアリーの形に近づけていきました。患者さんに記録していただきたいことはたくさんありましたが、記入項目が多すぎると面倒に思われて使っていただけなくなりますので、その調整に苦労した思い出があります。
このように、頭痛ダイアリーは当初、医師が患者さんから正確な情報を得るためのツールとして開発がはじまったのですが、実際に使いはじめてみると、こんなにも薬を飲んでいたと思わなかったとか、いつも週末に頭痛発作が起こっているとか、自分の頭痛のことが初めて分かったなど患者さんにとってもご自身の頭痛をしっかりと把握するうえで大変有用なツールになることがわかりました。そして、患者さんと一緒にダイアリーを見ながら話すことで誘因に気づき、より適切な治療戦略を立てることができるようになったと感じています。
頭痛ダイアリーの活用で課題に感じていらっしゃることはありますか?
頭痛専門医のなかでは、日常生活に支障をきたすような頭痛に悩まされている患者さんが多くいらっしゃることや、頭痛治療に対する頭痛ダイアリーの有用性はよく知られていますが、医師全体でみると残念ながらまだまだ認知度が低い状況だと感じています。頭痛に悩む患者さんが最初に受診するのは、やはりかかりつけ医が多いと思います。他の病気で受診していて、気になる頭痛があるときもかかりつけ医に患者さんは相談されます。そのような患者さんにかかりつけ医から頭痛ダイアリーの記入を勧めていただいたり、患者さんが書いた頭痛ダイアリーをもって専門医への紹介などがあると診療連携にとても役立ちます。
最近はじまったオンライン診療でも頭痛ダイアリーは活用できるのでしょうか?
2020年4月から一次性頭痛のオンライン診療が保険適用になりました。オンライン診療は大変利便性が高い一方で、医師にとっては患者さんに直接触れて痛む場所や筋肉の凝りなどを確認することができないなどのデメリットが、患者さんにとっては対面診療よりも医師とのつながりが感じられにくいなどのデメリットがあります。しかし、頭痛ダイアリーを活用すれば患者さんのさまざまな情報を把握することができ、診察時にどの部分から会話を始めるかポイントが分かりやすくなるため、オンライン診療のデメリットを補うものとして、頭痛ダイアリーは今後むしろ積極的に活用していくものという位置づけになっていくのではないかと思います。
最後に、頭痛でお悩みの方へメッセージをお願いいたします。
昨今、日本頭痛学会は、ただ患者さんの痛みをとるだけではなく、一人ひとりの状態をみて、その人にとってベストな治療を目指していこうという「個別化医療」を提唱しています。そして、新薬の登場などにより治療の選択肢が大きく広がってきたことで、個別化医療の実現を目指せる時代になってきました。
片頭痛に悩まされている方の約7割は一度も病院を受診したことがない2)ともいわれています。頭痛は我慢するものではなく、治療が必要な病気として日々医療が進歩しています。頭痛に悩んでいる方は、ぜひ一度医療機関を受診していただきたいと思います。
取材日:2021年8月5日(オンラインにて実施)