医師に聞く!頭痛ダイアリー活用術⑦
頭痛ダイアリーにはさまざまな記入項目がありますが、なぜそれらの記入が必要なのでしょうか? 頭痛ダイアリーは医師が治療を進めるうえで重要なツールであるとともに、患者さんにとっても大きなメリットがあるものです。
今回は頭痛外来で多くの患者さんを診ている五十嵐久佳先生にお話を伺い、頭痛ダイアリーの意義や、記入時に気をつけることなど、頭痛ダイアリーをより有効に活用するために患者として知っておきたいポイントを教えていただきました。
また、五十嵐先生は日本頭痛学会理事として頭痛の啓発活動にも積極的に取り組まれています。そこで、病院を受診することの大切さについてもお話しいただきました。
富士通クリニック 内科(頭痛外来)/
北里大学医学部 脳神経内科学 客員教授
五十嵐 久佳 先生
「富士通クリニック 頭痛外来」について教えてください
本クリニックは、もともと富士通グループの従業員・家族の診療と健康管理を目的に設立された診療所ですが、同時に従業員以外の地域の一般住民の方の診療も行っています。頭痛外来の受診は完全予約制としていて、どなたでも紹介状なしで予約可能です。来院される患者さんは診療所全体としてみれば富士通従業員の方が多いですが、頭痛外来については従業員以外の方が約2/3を占めている状況です。
ふだんはどのような患者さんを診ていらっしゃるのですか?
当院頭痛外来を受診される患者さんの頭痛は片頭痛が圧倒的に多く、女性患者さんの80%以上、男性患者さんの60%以上は片頭痛です。また、薬剤の使用過多による頭痛(MOH)で受診される方も一定数おり、女性患者さんの約16%、男性患者さんの約9%が該当します。そして、全体の約1/3はほぼ毎日頭痛があるといって受診された方となります。
当院受診のきっかけは、富士通従業員の方と一般住民の方では大きく異なります。従業員の方は半数以上が会社の産業医や健康支援室の看護師への相談をきっかけに受診されますが、一般住民の方はインターネット検索、他院からの紹介、テレビや新聞、雑誌などのメディア、家族や知人からの紹介など、受診のきっかけはさまざまです。やはり両者ともに片頭痛の患者さんが最も多いのですが、受診までの経緯の違いが関係してか、重症度に関しては一般住民の方のほうが高い傾向にあります。
産業医としての活動についても教えてください
私は毎週1日、富士通本社で産業医としても活動しており、頭痛の相談のほか、長時間残業者との面談なども行っています。健康経営活動の一環として、2019年7月~2022年2月に国際頭痛学会および日本頭痛学会と協力して「FUJITSU頭痛プロジェクト」という国内の富士通グループ従業員を対象とした頭痛の啓発プロジェクトに取り組みました1)。頭痛の有無にかかわらず従業員に頭痛の基本知識を学ぶためのe-ラーニングを受講してもらうことからはじめて、頭痛のない方たちにも頭痛の辛さを知ってもらうとともに、希望者へのwebでの頭痛相談などを実施しました。以前から頭痛相談は行っていましたが、このプロジェクトを通じてはじめて頭痛相談をされた方も多く、その後の頭痛外来受診にもつながりました。
そもそもなぜ頭痛ダイアリーへの記入が必要なのでしょうか?
一つは、頭痛ダイアリーをつけていただくことにより頭痛を診る医師が患者さんの頭痛をしっかりと正確に把握して、そこで得た情報を適切な治療に結びつけることができるからです。頭痛を正しく診断して治療を続けるには、頭痛の回数、強さ、持続時間、痛み方、随伴症状、生活への影響、薬の効果など、さまざまな情報が必要です。
一方で、例えば1ヶ月の間に起きたすべての頭痛について、何も見ずにこれらの情報をぱっと思い出せる患者さんはほとんどいないでしょう。ですから、頭痛ダイアリーが必要なのです。
また、同様に重要なことは頭痛ダイアリーへの記入を通じて、患者さん自身が自分の頭痛を客観視できるようになることです。頭痛への恐怖心が強く、少しの違和感でもすぐに鎮痛薬を飲んでしまっていたような方でも、自分の頭痛について知ることで、今回は薬を飲まずに少し待っても大丈夫そう、ここは早めに飲んだ方がよさそう、今日はお酒を飲まずに早く寝よう、といった適切なセルフケアができるようになります。
頭痛ダイアリーに月経期間を記録する意味を教えてください
女性の片頭痛患者さんのうち約半数は月経周期に関連して頭痛発作が起こるといわれるように、片頭痛と月経周期には密接な関連性があるからです2)。月経時に起こる片頭痛(月経時片頭痛)は、一般的に他の時期に起こる頭痛よりも重症度が高く、薬も効きにくいのが特徴です(片頭痛と女性との関係もご覧ください)。
また、月経期間にストレスなどの他の要因が加わると、ますます重症化してしまう可能性もあります。ですから、その頭痛が月経周期に関係して起こったものかどうかを医師と患者さんが把握することにより、通常よりも細やかな治療と生活サポートを行うことができるようになります。
もう1つの理由は、妊娠の可能性を患者さんと一緒にチェックするためです。月経が遅れることはそれほど珍しいことではありませんが、薬を使用している以上、妊娠の可能性がないか確認することは非常に大切です。場合によっては薬の変更や中止が必要になることもあります。
頭痛ダイアリーを記録する際に、気をつけた方がよいことはありますか?
頭痛があったときに薬を服用したのかどうか、また服用した場合にはどれくらい効果があったのかという情報は、治療を進めていくうえで非常に大切ですので、忘れずに必ず記入していただきたいと思います。
また、すべての方にすぐに満足のいく治療効果があらわれるわけではなく、長期的な視点で改善度を評価しながら患者さんにとって最適な治療を提供します。そのために、頭痛による生活への影響度や、治療への満足度についても、記入してきていただけると大変助かります。
コロナ禍の前後で、頭痛に関して何か変化はありましたか?
コロナ禍を機に普及したテレワークによる生活の変化は、頭痛にも少なからぬ影響を与えたように感じます。片頭痛の患者さんのなかには、通勤時間が減って睡眠時間を取れるようになったことや、頭痛が辛いときは自宅では照明を暗くするといった環境調整を行いやすくなったことで症状が楽になったという方がいました。
一方、緊張型頭痛の患者さんでは、体に合わない机や椅子で仕事を続けたために肩が凝って頭痛が増えたという方もいましたし、専業主婦の方で、夫が1日中家にいるようになってから自分のペースで生活できずストレスが増えて頭痛が悪化したという方もいました。
病院を受診しようか迷われている方へのメッセージをお願いします
富士通が実施した「職場における慢性頭痛による就業への支障度調査」によると、自分が頭痛持ちであることを自覚している方のなかで、病院で診てもらったことがある方は約16%しかいませんでした1)。
受診率が低い理由の1つとして、頭痛持ちの方は長年に渡り頭痛と一緒に暮らしているため、その状態が当たり前だと思ってしまっている方が多いことが考えられます。また、市販薬で対処したり、一晩寝れば何とかなる、という理由で受診しない方もとても多いです。最近は少しずつ啓発が進み、頭痛情報を提供するメディアも増えてきましたが、それでもまだまだ情報が届いていない患者さんが多くいます。ですから、病院を受診して適切な治療を受けることで、その「当たり前は変えられる可能性がある」ことを、ここで改めてみなさんにお伝えしたいと思います。
また、年に数回しか頭痛がないが、その時はひどい頭痛で寝込んでしまう方や、妊活中に頭痛薬を飲んでよいか悩んでいる方など、自分の頭痛について少しでも気になることがあれば、症状の軽重を気にせずにぜひ遠慮なく受診してください。
頭痛を診てもらいたいと思ったら、どの診療科を受診すればよいでしょうか?
日本頭痛学会のウェブサイト3)で、近くの頭痛専門医を探して受診していただくのが確実です。近くに頭痛専門医がいない場合には、頭痛外来を標榜している医療機関や、脳神経内科であれば基本的にどこでも頭痛を診てもらえるはずです。もしかかりつけ医がいれば、頭痛診療を行う医療機関を紹介してもらうことができるかもしれません。
製薬企業も患者さん向けに情報提供をしていますので、そのようなウェブサイトも参考になります。(
近くのお医者さんを探そう!医療施設検索)
頭痛専門医にとって頭痛ダイアリーは頭痛診療に必須のツールですので、私はいつも患者さんに「頭痛ダイアリーを渡してくれる先生は、何科であろうとあなたの頭痛治療にしっかり取り組んでくれる先生」だとお伝えしています。
頭痛ダイアリーは日本頭痛学会のウェブサイト3)にも掲載されており、ダウンロードしてお使いいただくことが可能です。
最後に繰り返しにはなりますが、まだまだ頭痛で本当に困っている方に必要な治療が届いていないのが現状です。一方で、治療が届いたことで「本当に人生が変わった」といわれる患者さんも多くいます。今後も啓発が進み、少しずつでもそのような状況が改善していくことを心から願っています。
取材日:2023年2月3日(オンラインにて実施)